米国特許侵害訴訟における成功報酬制の弁護士委任契約について

弁護士 デイヴィッド・ A.・マクマン(Makman & Matz LLP)

弁護士 小野智博(ユアサハラ法律特許事務所)

第1 はじめに

日本企業が米国において原告として特許侵害訴訟を提起しようとする場合、常に問題となるのは弁護士費用である。米国特許侵害訴訟には一般的に高額な費用がかかると言われており、その額は数億円に達することも少なくない。

但し、これは主にタイムチャージ制を採用する法律事務所の弁護士がチームを組んで訴訟を追行する場合の費用である。弁護士によっては、成功報酬制で特許侵害訴訟を受任する場合があり、米国特許侵害訴訟の原告としては、このような弁護士に依頼することによって費用リスクを低く抑えることが可能な場合がある。もっとも、米国における成功報酬制の委任契約は、日本における着手金・報酬金制とは異なっている点があり、日本企業には馴染みが薄いことから、これまであまり積極的に利用されてこなかった。本稿では、カリフォルニア州弁護士協会のモデル契約書[i]に基づいて典型的な成功報酬制の仕組みについて紹介し、米国特許侵害訴訟において原告が成功報酬制を採用するメリットについて説明する。

第2 カリフォルニア州弁護士協会のモデル契約書

モデル契約書の弁護士報酬に関する部分は、以下のとおりである(訳文は筆者による)。

4. LEGAL FEES. Attorney will only be compensated for legal services rendered if a recovery is obtained for Client. If no recovery is obtained, Client will be obligated to pay only for costs, disbursements and expenses, as described in Paragraph 6.

The fee to be paid to Attorney will be a percentage of the “net recovery,” depending on the stage at which the settlement or judgment is reached. The term “net recovery” means: (1) the total of all amounts received by settlement, arbitration award or judgment, including any award of attorneys fees, (2) minus all costs and disbursements set forth in Paragraph 6. [Net recovery shall also include the reasonable value of any non-monetary proceeds.]

Attorney’s fee shall be calculated as follows:

(i) If the matter is resolved before filing a lawsuit or formal initiation of proceedings, then

Attorney’s fee will be _________percent (____%) of the net recovery;

(ii) If the matter is resolved prior to ____days before the date initially set for the trial or arbitration of the matter then Attorney’s fee will be _________percent (____%) of the net recovery; and

(iii) If the matter is resolved after the times set forth in (i) and (ii), above, then Attorney’s fee will be _________percent (____%) of the net recovery.

(訳文)

4.弁護士報酬 弁護士は、依頼者のために財産回復が得られた場合にのみ、提供した法的サービスについて報酬を受ける。財産回復が得られなかった場合には、依頼者は第6項に規定するコスト、立替費用、経費についてのみ支払義務を負う。

弁護士に支払われる報酬額は、和解又は判決に達した時期に応じた「正味の回復額」の一定の割合である。「正味の回復額」とは、(1)あらゆる弁護士報酬の認定を含む和解、仲裁判断又は判決によって受け取ったすべての額の合計から、(2)第6項に規定するすべてのコストと立替費用を差し引いたものをいう。(正味の回復額はあらゆる金銭を目的としない手続の適正価格も含むものとする。)

弁護士報酬は、以下のように計算される。

(ⅰ)事件が訴え提起又は手続の正式な開始よりも前に解決した場合には、弁護士報酬は正味の回復額の__%とする。

(ⅱ)事件が正式事実審理又は仲裁のために設定された最初の期日の__日前までに解決した場合には、弁護士報酬は正味の回復額の__%とする。

(ⅲ)事件が上記(ⅰ)及び(ⅱ)に規定された時点よりも後に解決した場合には、弁護士報酬は正味の回復額の__%とする。

 

第3 米国特許侵害訴訟の手続と弁護士の作業

モデル契約書第4項第2段落に規定されているように、米国における成功報酬制における弁護士報酬は、「正味の回復額」を基礎として、「和解又は判決に達した時期に応じ」てその割合が変わるようになっている。この米国式の成功報酬制を理解するためには、米国の特許侵害訴訟の手続を理解する必要がある。米国の特許侵害訴訟は、①特許権者による被疑侵害者の事前調査、②原告の訴状提出と被告に対する送達、③被告の答弁書の提出、 ④ディスカバリーとトライアル前の申立手続及びマークマンヒアリング、⑤トライアル、⑥判決という流れで進行する。

1 モデル契約における「(ⅰ)事件が訴え提起又は手続の正式な開始よりも前に解決した場合」とは、上記①の段階で事件が解決した場合のことである。①事前調査については、連邦民事訴訟規則11条によって、ディスカバリーの機会が与えられれば侵害の主張が証拠により裏付けられるであろうことを確認するための合理的な調査が要求されている。この規制に対する違反に対しては、裁判所は制裁を科すことができる。

この段階での弁護士の作業は、事前調査の法的側面を担当し、場合によっては相手方への警告状の送付や交渉を行うことである。このような訴訟前の作業によって事件が解決した場合、その報酬割合は多くの場合、30%程度に設定されると考えられる。

2 モデル契約における「(ⅱ)事件が正式事実審理又は仲裁のために設定された最初の期日の__日前までに解決した場合」とは、上記②から④までの段階で事件が解決した場合のことである。④ディスカバリーとは、トライアルの準備のために、法定外で当事者が互いに事件に関する情報を開示して収集する手続である。

この段階での弁護士の作業は、訴状の作成と送達を行い、ディスカバリーおいて、証言録取、質問状、文書等の提出、土地等への立入許可、身体又は精神検査、自白の要求等の方法を用いて、証拠関係だけでなく、争点を明確にさせる情報など広く訴訟物に関連性のあるあらゆる事項を開示し、収集することである。このような作業を通じ、両当事者には争点とそれぞれの主張を裏付ける証拠が明らかになるため、訴訟の帰趨をほぼ判断できるようになる。そのため、この時点でほとんどの訴訟は和解により終了する。また、弁護士は、トライアル前の申立として、欠席判決の申立、訴訟手続停止の申立、審理分離の申立、仮差止又は暫定差止の申立、サマリー・ジャッジメントの申立等を行うこともある。さらに、裁判所が権利行使される特許のクレームを解釈するための手続であるマークマン・ヒアリングを行う場合には、その準備をすることとなる。

これらの作業量は特許侵害訴訟においては特に膨大であり、そのため、弁護士報酬の割合は(ⅰ)の場合に比して大きくなる。その報酬割合は多くの場合、35%程度に設定されると考えられる。

3 モデル契約における「(ⅲ)事件が上記(ⅰ)及び(ⅱ)に規定された時点よりも後に解決した場合」とは、上記⑤以降の段階で事件が解決した場合のことである。⑤トライアルは、正式事実審理のことであり、特許侵害訴訟では陪審によって行われることが通常である。

この段階での弁護士の作業は、トライアルの準備を行い、トライアルにおいて冒頭陳述、証拠・反証の提示、最終弁論等を行うことである。トライアルの準備においては、陪審へのプレゼンテーションが結論を分けることから、リハーサルを含む入念な準備が必要となる。そのため、弁護士の作業量が増加することから、弁護士報酬の割合は(ⅱ)の場合に比して大きくなる。その報酬割合は多くの場合、40%程度に設定されると考えられる。

第4 成功報酬制のメリット

このように、米国式の成功報酬制による委任契約は、弁護士が行う必要がある「作業の量」が訴訟の各段階に応じて増加することから、これに応じて報酬割合を設定していることがわかる。

このような考え方は、日本の着手金・報酬金制の委任契約において弁護士報酬が訴額を基準として定められ、訴訟の開始後には原則として変動しないのとは異なっているため、日本企業にはあまり馴染みがないが、前述のような訴訟手続と弁護士の作業内容及びその量から考えてみると合理的である。

米国特許侵害訴訟において、原告のコストの負担は大きい。特許の技術内容や損害の算定に関する優秀な専門家証人の有無が訴訟の帰趨を決するため、多額の費用を支払ってこれらの専門家を依頼する必要がある。また、ディスカバリーにおいては、書類の複写、翻訳者、速記者、ビデオ撮影者等にも莫大なコストがかかる。さらに、特許不実施主体(NPE)による侵害訴訟の提起が増加している今日、裁判所はその裁量によって被告のディスカバリーにかかるコストを原告に負担させる場合もあり、原告のコスト負担はさらに増加する傾向にある。

前述のとおり、成功報酬制の委任契約においては、弁護士報酬は原告が受け取った額からコストを差し引いた額に対する一定の割合である。よって、コストの負担が大きい特許侵害訴訟の原告にとって、成功報酬制を採用することは、メリットが大きい。

日本企業が米国特許侵害訴訟を提起しようとする場合に、タイムチャージによる高額な弁護士報酬が高いハードルとなるような場合には、このような成功報酬制を理解して採用することも、1つの解決策ではないかと考えられる。なお、成功報酬制においても、着手金を定めたり、タイムチャージを組み合わせることで、弁護士と依頼者が最終的にかかる費用をコントロールすることは可能である。本稿が米国特許侵害訴訟の提起を検討する日本企業の一助になれば幸いである。

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